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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)202号 判決 1975年8月22日

控訴人 石井良助

控訴人 石井とみ

控訴人 有限会社朝日ガソリンスタンド

右三名訴訟代理人弁護士 堂野達也

同 堂野尚志

ほか二名

右控訴人石井良助訴訟代理人弁護士 近藤与一

同 近藤博

ほか一名

亡杉田弥之助訴訟承継人

被控訴人 杉田徳子

右訴訟代理人弁護士 木村恒

主文

一、本件控訴をいずれも棄却する。

二、原判決主文中の、

1.第一項全部を「控訴人石井良助は被控訴人に対し、別紙目録記載(二)の建物を収去したうえ、同目録記載(一)の土地のうち同別紙図面斜線部分(イ)および(ロ)三三四・〇〇平方米(一〇一・〇四坪)を明渡し、かつ、昭和四五年七月七日より右土地明渡済にいたるまで月額金三万円の割合による金員を支払え。」と、

2.第三項五、六行目の「三三四・〇八平方米」を「三三四・〇〇平方米」とそれぞれ更正する。

三、控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「(一)原判決のうち控訴人ら敗訴部分を取り消す。(二)被控訴人の請求をいずれも棄却する。(三)訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴人代理人は、控訴棄却の判決を求め、なお、請求の趣旨を主文第二項の1.および2.に判示のとおり更正することを求める(昭和四七年四月一〇日付被控訴人代理人作成提出の「訴状訂正申立書」には、上記1.中の月額金三万円の割合による金員の支払を求める部分の始期を明示していないが、訂正されるべき原判決主文の明示にかんがみ、その始期を昭和四五年七月七日とするものであると認める。)旨を申立てた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、次に付加・訂正するほか、原判決書の事実欄に記載されているのと同じであるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

一、本件賃貸借契約解除の意思表示の前提となる無催告解除の特約(被控訴人先代と控訴人良助間の葛飾簡易裁判所昭和四三年(ノ)第八〇号延滞地代請求調停事件につき同四四年六月二〇日成立の調停調書第三項の趣旨。以下これに同じ。)は、以下の事由によって無効であり、したがって催告なしにされた右契約解除の意思表示も無効である。すなわち、(イ)右無催告解除の特約は前記調停期日に控訴人良助の代理人金子嘉男が出頭し、その旨を合意し調停を成立させたのであるが、控訴人良助は右代理人金子に対し右内容による調停を成立させることにつき代理権を授与せず、これを制限していた(この制限は控訴人良助が直接右代理人に対してしたものであるが、同調停の成立以前に相手方である被控訴人側に右代理権制限の事実を告げたことはない。)ため、右調停条項に関する限り、右代理人金子の無権代理行為によるものであって無効である。(ロ)仮に右の主張が認められないとしても、前記調停において右代理人金子は、無催告解除の特約条項の意義を理解せず、また被控訴人先代より地代の支払方法は従前と同じく盆・暮に六か月分ずつをまとめて支払ってよいと告げられた関係もあって、その趣旨が調停調書に記載されるものと考えて調停を成立させたのであり、この点に右代理人金子の代理行為に要素の錯誤があったため、右無催告解除の特約は無効である。

二、仮に前項の主張が認められないとしても、本件においては、調停期日に法律専門家でない者を代理人として出頭させ、同人からの調停結果の伝達が不十分であり、地代支払担当者が賃借人でない控訴人とみであったことおよび従来地代は盆・暮の二回に支払うという方法が長年にわたって続けられたことから賃借人たる控訴人良助において無催告解除の特約の付されたことを深く認識していなかったという特殊な事情があり、かような事情がある場合には同特約は文言どおりの効力を生ずるのではなく、解除の意思表示後に賃借人が遅滞なく地代を提供しなかったときに限り解除が確定的となり、その効力を生ずる趣旨のものと解されるところ、控訴人良助は被控訴人先代よりの解除の意思表示が到達した昭和四五年七月六日、直ちに被控訴人方に延滞地代を提供したが、その受領を拒否されたため、翌七日弁済供託をしたという事情にあるので、右解除の意思表示は確定的な効力を生じていないというべきである。

三、仮に以上の主張がすべて認められないとしても、本件には以下に述べる諸事情があり、これを併せ考慮すると、被控訴人先代のした本件契約解除は信義則に違背し、あるいは権利の濫用であるため無効である。

(イ)(本件借地関係成立の事情)昭和二三年五月本件賃貸借契約の締結にあたり、控訴人が被控訴人に対し坪あたり六、五〇〇円、合計六五万円という、当時の近隣では更地価額を上廻る高額の権利金を支払い、また当時本件土地を含む一帯は焼野原であったため、控訴人良助は同土地を賃借後、すべて自費をもって焼土、残土を取りかたずけたが、その費用として約一〇万円を支出し、次いで昭和二七年三月よりガソリンスタンドを経営するため、本件地上に本件建物を建設し、地下に油槽設備を施設し、約四〇〇万円の資本を投下し、その後の地下タンク増設やリフト建設、事務所改築等のため五回にわたり約六〇〇万円を支出した。

(ロ)(従前の地代値上事件の実情)上述の賃貸借成立の際の事情が暗黙のうちに影響し、その後における地代値上の協議がスムーズに行かず、訴訟や調停が行われたのであって、控訴人が右地代額決定についてことさらに非常識な行動に出て地主たる被控訴人先代に不利益を与えたことはなく、むしろ前記賃貸借成立の際の多額な権利金の授受と当時の世間相場からみて、常に本件地代のみ高く先行的な値上に応ずることになっていた関係から、自然にそのようになったまでである。

(ハ)(葛飾簡易裁判所における無催告解除特約付の調停調書成立の際の事情)昭和四三年の葛飾簡易裁判所における調停も、地代値上のためのものであって、従前からの地代支払方法について別段争いがあったわけではない。本件賃貸借成立の当初から毎月末日払の約定は実行されず、現実に六か月分を盆・暮の年二回に分けて支払うことが慣例化し、黙示的に改訂されていて、争点はもっぱら地代の増額にあったのである。しかるに、控訴人良助の代理人として調停に出頭した金子嘉男が不用意にも無催告解除特約調停を成立させてしまい、また右のような事情にあったため控訴人良助も右特約条項を明確に意識していなかったのである。

(ニ)(遅滞の程度、態様についての事情)本件地代の支払遅滞の程度は、被控訴人先代が解除の内容証明郵便を発した昭和四五年七月二日からみればわずか二日であり、同郵便が控訴人良助方に到達した同年同月六日からみれば六日であり、被控訴人良助は右郵便が到達した日に直ちに被控訴人先代に延滞地代を提供しており、もし二日に発送した郵便が同日到達していたならば即日地代を提供しえたのである。しかも、地代の支払を現実に担当していた控訴人とみは、すでに六月二七日に地代相当額を銀行から引出し何時でも支払いうる状態にあったのであって、地代支払の誠意や能力がなかったわけではなく、また右程度の遅滞で地主たる被控訴人の受けるべき不利益および影響を考えると、同遅滞によって賃貸借当事者間の信頼関係を破壊したものとは考えられない。

(ホ)(事後の提供、供託の事情)本件調停成立の際の事情が影響して、被控訴人先代から契約解除の内容証明郵便を受領した控訴人は、事の意外に驚き、直ちに延滞地代金額を被控訴人先代方に持参提供したところ、受領を拒絶され、当日はすでに夕刻で間に合わなかったため翌日これを東京法務局に供託し、その後も供託を続けている。

(ヘ)(解除明渡をすべき際の事情など)控訴人良助は前述のとおり本件賃貸借成立後、当時としては莫大な資本を投下し、今日まで二二年間の長きにわたってガソリンスタンド経営を続け、戦後の混乱期を妹の控訴人とみと扶助し合い乗り切ってきたものであるが、この間控訴人とみは昭和三五年二月交通事故で夫を失い、二児をかかえて苦境を切り抜けてきたのであり、本件地上でのガソリンスタンド営業については常時六、七名の従業員を住み込みで雇傭し、売上は月額約四五〇万円に達しており、二二年来の得意先も安定している。また本件土地は通称国際劇場通りに面し、現在の更地価額は税務事務所の評価で坪あたり八五万円程度であるが、実際の取引価額は坪あたり二〇〇万円程度であるため、本件土地全体としては更地価額にして二億円、借地権価額とみても一億四、〇〇〇万円の価値があり、かつ、現有ガソリンスタンド設備を評価すると一、八〇〇万円程度である。もし本件において控訴人らが敗訴すると、前記のように全く些細なあきらめ切れない事情で、控訴人らが長年月にわたって築いた財産的価値を全部失うことになる。しかも、控訴人らが努力して築き上げたガソリンスタンド営業は、その性質上また現時の社会情勢上、都内はもとより他の場所で行うことは全く不可能であるため、その営業廃止は必然である。

控訴人らと被控訴人およびその先代方とは隣地であって今日まで親密な関係にあり、控訴人らが被控訴人先代方より買い入れる毎月一万円程度の煙草代を月末に支払う際には被控訴人の家族が長時間話し込んで行っていた。また被控訴人は本件土地の隣地に居住し、国際劇場を中心とする浅草六区の客に対する土産品および煙草の販売を業としており、その家族構成からみても通常の生活をしており、とくに本件土地を必要とする事情もうかがえず、これに対比し控訴人らが本件土地の借地権を失うことによる不利益は余りにも大である。

四、被控訴人の後記当審における主張第四項の訂正に異議はなく、同第五項は争わない。

(被控訴人の主張)

一、控訴人らの前記当審における主張第一項は否認する。(イ)控訴人良助の代理人金子は、本件延滞地代の支払方法などについてはもとより、これを支払わない場合の懈怠条項について、合意し調停を成立させる権限を有していた。(ロ)右代理人金子は無催告解除の特約を含む調停条項全部を十分に理解し、その内容を知悉したうえで調停に合意し、これを成立させたのである。仮に右代理人金子が被控訴人ら主張のように、地代の支払は盆・暮二回払になっていると信じ、調停調書の条項にそのように記載されていると信じて調停を成立させたとしても、それはいわゆる契約の要素の錯誤ではないから、右条項を無効とならしめるものではない。もし同代理人がそのように信じたとすれば、同人の重大な過失によるものであるから、錯誤による無効を主張することは許されない。

二、控訴人らの前同主張第二項は否認する。被控訴人先代は本件地代の改定ごとに控訴人良助と紛議を生じ、話合いによって解決できず、調停の申立、訴の提起をすること再三にわたり、その間地代の支払がなく散々苦しめられた経験にかんがみ、葛飾簡易裁判所の調停では必ず地代の支払を確保したいという願望をもち懈怠約款を付し履行を実行させようとしたのである。このような縁由によって調停条項に付された懈怠約款による解除の効果が、控訴人らの主張するような事由によって失効するとすれば、懈怠約款は事実上空文化し、その存在理由を失わしめることになり、不合理である。また控訴人らは、地代の支払は二日ないし六日遅れたにすぎないのに、被控訴人先代は因業にも解約したというが、控訴人良助は昭和四四年七月から解約されるまで約一か年の間に約旨どおりに地代を支払ったのは昭和四四年一二月分だけであり、その余の一一か月分はすべて契約に違反し、約定期日に支払っていない。

三、控訴人らの前同主張第三項は争う。もっとも、同主張(イ)のうち、昭和二三年五月本件賃貸借契約成立の当時、本件土地を含む付近一帯が焼野原であったこと、右賃貸借成立に際し、被控訴人先代が控訴人良助より権利金六五万円を受取ったこと、控訴人良助が本件土地を利用してガソリンスタンドを開業し経営していること、同主張(ニ)のうち、被控訴人先代が契約解除の通知を発送した日およびその到達した日が控訴人ら主張のとおりであること、同(ホ)のうち、被控訴人先代が提供された延滞地代の受領を拒んだこと、そのため控訴人良助が弁済供託したこと、同(ヘ)のうち控訴人らがガソリンスタンドを経営していること、被控訴人先代が本件土地の隣地に居住して煙草、土産物等の販売を業としていて煙草を一回について二、六〇〇円分ないし五、〇〇〇円分を幾回か掛売したことは認める。

本件土地賃貸借契約が解除されることによって、控訴人らが損害を受けることになっても、それはすべて控訴人良助が本件調停条項を誠意をもって守らなかったことおよび同控訴人の責に帰すべき過失により自ら招いたことであるから、気の毒ではあるがやむを得ないところであり、被控訴人の本訴請求が信義則違背でないのはもとより権利の濫用でもない。

四、前記賃貸土地の面積を、原判決書添付別紙目録記載(一)の土地のうち、同別紙図面斜線部分(イ)および(ロ)三三四・〇〇平方米と訂正する。

五、本件控訴当時の被控訴人杉田弥之助は昭和四六年九月一〇日死亡し相続が開始したが、その後共同相続人間で遺産分割の協議の結果、同四七年二月二五日本件係争土地は、右被相続人弥之助の長女である被控訴人が単独で相続する旨の協議が成立し、被控訴人において本件係争土地に関する権利義務一切を承継することになり、同年三月二一日同土地につき被控訴人単独所有名義への所有権移転登記を経由した。

(訂正)

原判決書の請求原因事実、これに対する答弁、抗弁事実およびこれに対する答弁中に「原告」とあるのをいずれも「被控訴人先代」と訂正する。

(証拠)<省略>。

理由

一、当裁判所も被控訴人の本訴請求はいずれも正当であると判断するところ、その理由は、次に付加・訂正するほか、原判決書の理由欄(同判決書一一丁表二行目冒頭より一四丁裏四行目末尾まで)に記載されているのと同じであるから、これを引用する。

(一)原判決書一一丁表三行目の「三三四・〇八平方米」とあるのを、「三三四・〇〇平方米」と訂正する。

(二)控訴人らは、本件賃貸借にあっては、賃料支払時期を盆・暮の年二回とする特約ないし慣例があり、もしくは黙示的に改訂されていたと主張し、当審における証人松本幸正、金子嘉男および控訴人とみ、良助の各供述中には一部これにそう部分があるが、右証人松本、金子および控訴人とみは本件賃貸借契約の締結に立会っていないためその供述はいずれも伝聞であって、正確性を欠き、成立に争いのない甲第一号証(土地賃貸借契約書)中には、地代は毎月月末迄に支払うものと明記されており、控訴人ら提出にかかる乙第七号証(地代支払一覧表)の記載によっても、必ずしもその支払が正確に盆・暮の二回に支払われていたとは認められないのみならず、葛飾簡易裁判所で昭和四四年六月二〇日に成立した本件調停調書中に地代は毎月末日限り被控訴人方に持参して支払う旨が明示されていることからすると、前記各供述部分はいずれも一方的な見解にとどまり採用の限りでない。

また当審証人金子嘉男の証言中に、右調停条項に定められた条項にもかかわらず、賃料支払時期は従前どおり盆・暮の二回でよいとする合意が被控訴人先代およびその代理人柿沢武夫と控訴人良助代理人金子嘉男との間になされた旨の部分があるけれども、前記調停調書の記載にてらすときは、同証人の原審における同旨供述と同じくこれを採用しがたい。

(三)控訴人らは、前記調停期日に出頭し調停成立に合意した控訴人良助代理人金子に対し控訴人良助は、同調停条項中の無催告解除の特約に関する合意をすることを制限していたため、同条項に関する限り右代理人金子の無権代理行為であって無効であると主張するが、これを認めるのに足りる証拠がなく、かえって成立に争いのない乙第九号証の一、二によると、控訴人良助は右調停事件についての一切の件を金子嘉男に委任する旨の委任状と代理許可申請を葛飾簡易裁判所に提出し、同裁判所の許可を受けていることが認められ、しかも、一般に何らかの制限付代理権限しか有しない場合には少くとも調停の場においてそのことを明らかにするはずであるのに、控訴人良助において右の制限をした事実を同調停の成立以前に相手方である被控訴人側に告げたことはないと本件口頭弁論において自認し、金子嘉男も右制限を受けている旨を同調停の過程で何人かに告げたことの証拠もないところからすると、右主張は採用できない。

控訴人らはさらに、前記調停において控訴人良助は、(イ)無催告解除の特約条項の意義を理解せず、また(ロ)被控訴人先代より地代の支払方法は従前と同じく盆・暮に六か月分ずつまとめて支払ってよいと告げられた関係もあり、(ハ)その趣旨が調停調書に記載されているものと考えて調停を成立させたのであり、右代理人金子の代理行為に要素の錯誤があったから、同特約条項は無効であると主張する。右のうち被控訴人先代と控訴人良助代理人金子との間に、前記(ロ)の趣旨による合意が成立していないことは前示のとおりである。当審証人金子嘉男の証言中には、(イ)および(ハ)にそう供述があるが、同証人が原審において、調停成立時に担当裁判官が書記官と一緒に調停条項全部を読み上げ、同第三項(無催告特約条項)の意味について調停委員より説明があり、その意味は理解できたと証言している点に対比すると、前記当審の証言部分は採用に価いせず、他にその事実を認めうる証拠はないから、右主張もまた失当である。

(四)次に控訴人らは、本件においては、調停期日に法律専門家でない者を代理人として出頭させ、同人からの調停結果の伝達が不十分であり、地代支払担当者が賃借人でない控訴人とみであったことおよび従来地代の支払は盆・暮二回という方法が長年にわたって続けられていたことから、賃借人たる控訴人良助において無催告解除の特約が深く認識されていなかったという特殊な事情がある場合には、解除の意思表示後に賃借人が遅滞なく地代を提供しなかったときに限り、無催告にもとづく解除が確定的となり、その効力を生ずると主張する。右のうち、本件地代を盆・暮二回に支払うという特約がなく、従来必ずしもそのように行なわれてきたものでないことは前示のとおりであり、また控訴人良助代理人金子が前示のとおり特約条項を十分に理解した以上、本人たる控訴人良助においてこれを認識したものとみるべきであるが、仮に右地代支払時期を除く、その他の控訴人ら主張の事実が認められるとしても、これらはもっぱら賃借人たる控訴人良助側の事情であり、それによって控訴人良助が直接無催告解除の特約を深く認識していなかったこと自体賃借人との義務履行についての誠実性に欠けていたことに基因するのであって、その認識不足による不利益を賃貸人たる被控訴人に帰せしめることはできない。してみれば、その余の点につき判断するまでもなく、前記主張は排斥を免れない。

(五)控訴人らは、本件契約解除は信義則に違背し、あるいは権利の濫用であると主張するので、これを判断する。

引用にかかる原判決の説示するとおり、被控訴人先代は本件土地の隣接家屋に居住し、煙草等の販売を営んでおり、現実に本件地代の支払を担当した控訴人とみは被控訴人先代方から月末払で煙草を購入している関係にあったが、被控訴人先代が一言の通知催告をしないで本件契約解除の意思表示をしたのである。右のような関係にあるとすれば、被控訴人先代としては契約解除にあたり事前に一言の通知催告をするのが通常の場合には妥当であったともいえないではないが、これまた引用にかかる原判決認定のとおり、前記調停にいたる前には控訴人良助は、あるいは三か月分、一二か月分をまとめて支払う有様で、社会事情の変動に伴う地代値上の交渉も難航して、調停または訴訟によってようやく結末をみたことも一度にとどまらなかったのみか、延滞地代の取立に赴いた被控訴人側の者に対してもその取立先をあれこれと指示して速やかに取立に応じないので、結局調停申立となり、前記調停成立後も無催告契約解除の条件成就の前日しか地代を支払っていないなどの事情からすれば、控訴人良助の地代支払態度には長年にわたって誠意を欠くものがあり、事は結局調停または訴訟など公的手段によるのでなければ解決しないと被控訴人先代およびその家族らに思い込ませてきたことが容易に推察されるのであるが、このような状況下においては、賃料は毎月月末払いとし、その遅滞六か月に達したときは無催告で契約を解除しうる旨の調停条項が適法に成立している以上、被控訴人側から控訴人らに対しさらに改めて右調停条項の趣旨を説明通告し、または延滞地代の支払催告をするなど通常の場合に妥当とされる措置がとられなかったからといって、そのことを非難することはできず、前記無催告による契約解除の効力を否定することは許されない。

また控訴人良助において右調停成立にもかかわらず、その主張のとおり地代は盆・暮二回に支払えば足りると考えていたとするならば、そのこと自体右に示した従前の態度と併せると、賃借人としての誠実性に欠けていたことから、ひいては調停条項を軽視し、事を安易に考えていたことを示すものであり、さらに控訴人ら主張のように、その賃借地の経済的価値が高く、その営業収益が多く、同営業が控訴人らにとって重要であるのであれば、何ゆえに約定による地代の月末支払をしてこなかったのか、まして六か月分をまとめて不払をした後も六日間の(契約解除の意思表示が控訴人良助に到達したのが、無催告契約解除の条件成就である六か月分不払の日より六日目であったことは当事者間に争いがない)不払を続けていたのか、通常の賃借人の態度としてはとうてい理解しがたいところである。したがって、本件契約解除によって控訴人らがその主張のように多大な財産的損害を蒙るという結果を招来しても、所詮それはひとえに控訴人良助がその原因を作ったのであり、むしろ同控訴人こそ賃貸関係における信頼関係の維持を軽んじた者として自らその責に任ずるほかはない。

そのほか、本件賃貸借契約成立にあたり控訴人良助が被控訴人先代に権利金六五万円を支払ったという当事者間に争いのない事実、あるいは控訴人良助側で解除の意思表示到達前に延滞地代支払の準備をなし、あるいは右意思表示到達後即日同地代を提供し、これを拒絶されたので直ちに弁済供託したなど控訴人ら主張の事実を考慮してみても、前示のような本件契約解除にいたるまでの諸事情を総合勘案するときは、被控訴人が同契約解除の挙に出たことをもって、信義則に違背するといえないのはもとより、権利の濫用と目することもできない。

(六)原判決書理由欄(同判決書一一丁表二行目より一四丁裏四行目まで)のうち、「原告」とあるのを、それぞれ「被控訴人先代」と訂正する。そして、被控訴人の当審における主張第五項は当事者間に争いがない。

二、以上の次第であるから、控訴人良助は被控訴人に対しその所有にかかる原判決書添付別紙目録(二)記載の建物を収去したうえ、同目録記載(一)の土地のうち同別紙図面斜線部分(イ)および(ロ)三三四・〇〇平方米(一〇一・〇四坪)を明け渡し、かつ、昭和四五年七月七日より右土地明渡済にいたるまで月額三万円の割合による損害金を支払うべき義務があり、控訴人とみは被控訴人に対しその所有にかかる同別紙目録(三)の建物を収去したうえ、右土地のうち同別紙図面斜線部分(イ)七七・一五平方米(二三・三四坪)を明け渡すべき義務があり、控訴会社は被控訴人に対し同別紙目録記載(二)の建物と、同(三)の建物のうち階下および二階東側五畳、二階西側板の間八畳を明け渡し、かつ、その所有する同(四)の(1)ないし(5)の各工作物を収去したうえ、同(一)の土地のうち(イ)および(ロ)三三四・〇〇平方米(一〇一・〇四坪)を明け渡すべき義務があるといわねばならない。

三、よって、被控訴人の本訴請求を右の限度で認容した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないのでこれを棄却し、なお被控訴人の申立により、原判決主文中の第一項全部および第三項の一部をそれぞれ本判決主文第二項に記載のとおり更正し、控訴費用は敗訴当事者たる控訴人らに負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 畔上英治 判事 岡垣学 判事上野正秋は転補のため署名押印することができない。裁判長判事 畔上英治)

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